科学者とあたま

青空文庫に寺田寅彦の随筆「科学者とあたま」というのがあって、短い文章なのだがなかなか味わい深い。科学者は、「頭が悪いと同時に頭がよくなくてはならない」という話。
頭のいい人は見通しがきくだけに、あらゆる道筋の前途の難関が見渡される。少なくも自分でそういう気がする。そのためにややもすると前進する勇気を阻喪しやすい。頭の悪い人は前途に霧がかかっているためにかえって楽観的である。そうして難関に出会っても存外どうにかしてそれを切り抜けて行く。どうにも抜けられない難関というのはきわめてまれだからである。
頭のいい人は批評家に適するが行為の人にはなりにくい。すべての行為には危険が伴なうからである。けがを恐れる人は大工にはなれない。失敗をこわがる人は科学者にはなれない。科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。
人間の頭の力の限界を自覚して大自然の前に愚かな赤裸の自分を投げ出し、そうしてただ大自然の直接の教えにのみ傾聴する覚悟があって、初めて科学者にはなれるのである。しかしそれだけでは科学者にはなれない事ももちろんである。やはり観察と分析と推理の正確周到を必要とするのは言うまでもないことである。
科学者も起業家も、その時代のフロンティアを棲家にしており、その先の世界は基本的には未知だから、この文章の内容は起業家にも当てはまるように思う。起業家もやはり、頭が悪いと同時に頭がよくなくてはならない、のではないかな。

人気の投稿